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韓国の儒教②~韓国文化独特の儒教の教え~

      2016/12/14

前回からかなり時間が空いてしまいましたが…。

現在の韓国社会にも根付いている、『儒教』。

 

ご存知の通り、中国から始まったこの儒教思想ですが、今や、儒教と聞いたら『韓国』を思い浮かべる人もいるほど、朝鮮半島に浸透していますよね。

 

今回は、朝鮮半島に儒教思想が広がっていった流れについて、簡単に調べてみたことを書いてみようと思います。

歴史なので、曖昧な点や、間違いもあるかもしれませんが、ご了承ください(T_T)。

 

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朝鮮(韓国)の儒教が根付いたのは、朝鮮王朝時代(李氏朝鮮時代1392年~1910年)。

 

ただ、この時代に朝鮮半島に初めて儒教が入ってきたと言うことではなく、朝鮮式の儒教思想が確立され、完全に根付いたのが、この頃。

 

中国から儒教の伝来は、これよりもっと早い、高句麗時代(三国時代)だと言われています。

 

三国時代には、中国と隣接する高句麗に、孔子の思想の集大成である儒教思想が、部分的に入って来るようになります。高句麗の次に、百済が中国の上海との交流を通して、儒教を含む、多くの中国の思想や文化を受け入れ、

 

発展させていくようになり、朝鮮半島の東南部に位置し、中国との国交の無かった新羅には、高句麗や百済から、間接的にその思想と文化が伝わっていくことになります。

 

 

当たり前ですが、朝鮮半島と言えども、中国に近い地域から徐々に全土に伝わって行ったということです^_^;。

 

この中国の儒教ですが、もともと朝鮮半島古来の伝統的な信仰や、風習と似ているところがあり、結合、融合しながら発展してきたと言われています。

 

高句麗時代中期には仏教が、後期には道教(中国の3大宗教の1つ。太極、陰陽、五行等の思想、考えがある)が伝来しますが、儒教は、仏教や他の宗教と葛藤、争うことなく、共存、交渉、混合しながら、他の宗教や、人々の生活の中に浸透していきます。

 

高句麗時代の儒教の詳細についての資料は、残念ながら残っていないそうですが、その時代の個人の教養、家庭道徳、社会倫理、政治制度、文化などの面に、大きな影響を及ぼして来たことは、当時の政治制度や、信仰のあり方から読み取ることができます。

 

この様に、三国時代に基本教養の形成に一役買った、儒教思想は、朝鮮王朝時代に更に発展、浸透していきます。

 

成均館(現在の成均館大学の前身)を建て、国内最高の教育機関とし、儒教思想を中心に教育、第4代国王 世宗大王(1418~1500年在位)の頃には、集賢殿を設置し、人材を選抜し、人文、社会、自然、科学、発音などのあらゆる分野において、学習、研究し、数多くの書籍の刊行し、その業績は世界的なものであったといいます。

 

朝鮮王朝中期は、礼学の時代と言われ、この時代に儀礼の生活化、即ち冠婚葬祭のやり方にも儒教の礼が組み込まれ、国や文化人だけでなく、国民全体に儒教思想が浸透し、儒教が朝鮮半島に完全に根を下ろします。

 

と言う事で、三国時代から徐々に伝来し、朝鮮王朝時代、宗教というよりも、学問として浸透し、発展してきた韓国の儒教。

 

成均館の頃から学問に対する関心が高かった韓国の人々。

今日の韓国の学生さん達の姿を見ても、学ぶことに対する姿勢や、学力重視の社会であることからも、歴史を感じたりします…^_^;。

 

ただ、最近の韓国ですが、冠婚葬祭の様式はまだまだ儒教の影響を受けていますが、家族や夫婦のあり方、親子関係などには大分変化が見受けられます。

 

その一因に、キリスト教の信仰、浸透があります。

 

実は現代の韓国は、儒教と言うより、キリスト教の国とも言えるほど、日曜日には教会に行く文化が根付いています。

 

12月25日も聖誕日として、休日になっているほど。

ちょっと、歴史のコトは難しく、十分ではありませんが、(かなり)かいつまんで朝鮮半島に儒教が定着するまでをお伝えしました(^^ゞ。

 

またまた次回は、現在の韓国の儒教の問題点、変わりつつある韓国文化についてお話したいと思います。

 

【Live in korea~韓国生活情報ブログ~ライター】

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